クリーニングに取りに行き忘れていた代償

その年は、お葬式が続きました。
春に父親の母が、その二か月後に母親の母がなくなりました。
一年で両方のおばあちゃんが亡くなったのですごく悲しかったです。
でも、二人とも長生きで、父親側のおばあちゃんは97歳、母親側のおばあちゃんは95歳でした。
だから、もう会えないと思うと悲しいけどまだ心の準備はできていました。
ただ、できていなかったのが喪服の準備です。
最初のお葬式の時には、喪服はクリーニングに出してクローゼットにしまってあったので慌てることなく葬儀に出ることができました。
その後、クリーニングに出そうと思ってはいました。
でも、私がいつも出しているクリーニング店はショッピングモールにあります。
そのショッピングモールは不定期でクーポンのはがきを出してきます。
そのはがきには、クリーニング店も入っていてはがきを持参すれば20パーセントオフになるのです。
せっかくクリーニングに出すのなら、少しでも安くなった方がいいと思った私はそのはがきをまっていることにしました。
父親側のおばあちゃんの葬儀は春だったこともあり、汗もかいていなかったので急いでクリーニングに出す必要もないと思ったのです。
その後、クーポンのはがきが来たので、期間内に喪服をクリーニングに出しました。
驚いたのはその日の夜です。
母親側のおばーちゃんが亡くなったと電話が母からきました。

日の関係もあるから、お通夜を翌日に、葬儀は翌々日に執り行うことが決まったと連絡を受けました。
お通夜にはお別れの時間や、お手伝いをしてほしいから朝から来てほしいと母に頼まれました。
母に頼まれなくてもそのつもりでした。
母親側のおばあちゃんということもあって、私はすごくなついていたからです。
大人になってからもちょこちょこ遊びに行っていたし、子供が生まれてからもよく顔を見せに行っていました。
最後は痴呆にかかってしまっていて私がわからないようでしたが、それでも会いに行っていました。
そのおばあちゃんが亡くなったので、覚悟はしていてもやはり悲しさと寂しさを感じました。
そして、そのあとに気が付いたのが喪服です。
困ったことに、クリーニング店は翌日は定休日でした。
店が休みではどうやったって服を取りに行くことは出いません。
新しい喪服を新調するのはばかげています。
友人に借りるのは気を使うのでちょと避けたいと思って母に相談をすると、母の喪服が何着かあるから貸してくれるといいました。
その日はほっとしたのですが、翌日実家に行って母の喪服を見て唖然としました。
明らかに時代のわかる喪服でした。
これを着るのかと思うとがっかりしましたが、私服で行くわけにもいかないので着ていきました。
人の生死は予定されていることではないのだから、今回のことは仕方がないと思います。

でも、もっと早くクリーニングに出しておけばこの事態を免れたと思うと残念でしかたがありませんでした。

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あまり利用しないのですが

安いスーツばかり買っているせいか、雨の日にスーツを着て出歩くとすぐにスラックスの折り目が取れてしまう。
折り目が取れてしまうとズボンのすそは自動的に円形になり、ジーパンと全く変わらない状態になる。
要するにアイロンをかけなければならない。
手狭な男所帯ゆえ、アイロンなどという便利な器具は手元にない。これで気の利く奥さんでもいれば全部やってくれるのだろうが、ちょっとその予定もない。
ので、スーツをカバンに放り込んで近所のクリーニング店に行った。潰れかけの銭湯の裏手にあり、言っては悪いがあまり繁盛している風でもない。
気のいい奥さんが店員をやっていて、笑顔で引き受けてくれた。何か立ち話でもしたかもしれない。ポイントカードも勧められるままに作ってもらった。
1000円と少しぐらいだったか、2日後ぐらいに取りに行くと、きっちり丸洗いされてアイロンがビシッとかかったスラックスを渡された。
通うたびにポイントカードにハンコを押してくれるらしいのでYシャツも何着かお願いした。いつもコインランドリーで無造作に洗っていたが、さすが専門家に渡すと仕事が違うなぁと感心したのを覚えている。
しかし引っ越しに伴って全く行かなくなり、数年後に同じところを訪れたときは銭湯ともども無くなっていた。店ごと引っ越したのかもしれない。
私もあまりスーツを着なくなったので、しばらくクリーニングとは無縁になった。
ただ、秋葉原の紳士服店で7000円くらいのジャケットを買い、それを一冬着倒した時はさすがに近所のクリーニングに持っていった。
一冬分の外出で趣味の良い黒いジャケットはヨレヨレ、ベトベトになっており、店頭の蛍光灯の下では余りにもみすぼらしく見えた。
今回出てきたのは店のおやじさん、といった風の男性で、ヨレヨレのジャケットを裏に返して何度も精査した挙句、「水洗いで、汚れは都度手洗いするので」と業務の詳細を教えてくれ、料金は大体2000円ほど、4日後くらいにいらしてください、と丁重に告げて預かってくれた。
事実、出来上がりは素晴らしく、糸のほつれなどはクリーニング屋の専門外だが、それさえ除けばまったく秋葉原で買い上げたのと同じ状態で戻ってきた。
ただやはり、私の扱いがぞんざいなのか、しばらく着るうちにどんどんヨレヨレになってゆく。その後地方に移ってからももう一度クリーニングに出して新品同様にしてもらったが、去年の暮れにはヨレヨレになって部屋の隅に転がっており、今はユニクロのダウンジャケットを着ている。
「ヨレヨレになったら安くていいものを買えばいい」と言う事がまかり通る昨今、確かにクリーニングは繁盛しないのかもしれない。

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学生街のクリーニング店は一種のコミュニティでした

私は大学生の頃から約20年間、同じクリーニング店を使用していました。銭湯の隣にあるその店は学生たちのコミュニティの1つになっていました。卒業後も近所まで来る時には手土産を持って立ち寄るようなところでした。銭湯の隣にあることと、そのクリーニング店を切り盛りしていたおばさんの人柄とが、学生たちの気持ちを引きつけたのでしょう。
切り盛りしていたおばさんは独身でした。年老いたお父さんの介護を在宅でしながらクリーニング店を切り盛りしていました。4人きょうだいの長女さん。かつ女性は1人で、あとは弟ばかりという家族構成は後々、別の形で知りました。お客の話を上手に引き出す一方、ご自分のことはあまり話されない方でした。今、自分が同じような境遇で年老いた親の面倒をみながら独身で中年に至ると、自分の話をしたくないのが、よく分かります。愚痴にしかならないし、そんな愚痴ばかりこぼしているのは惨めで嫌ですものね。当時はお母さんのような雰囲気のおばさんに、一人暮らしの寂しさを紛らわせられるものを感じて親しんでいただけでした。そうした会話をそのおばさんも楽しんでくれているようでした。
銭湯の隣にあるそのクリーニング店は午後9時まで開いていました。そのクリーニング店は住宅兼用でしたが、内風呂が無い様子で、そのおばさんは店じまいをすると銭湯に来ていました。そのことに気づいたので、よく9時直前にクリーニングに出すスーツやコートなどを銭湯道具と一緒に持って出かけました。私が掛け湯を浴びているところに、クリーニング店のおばさんもやってきて、良く一緒に湯に浸かったものです。いわゆる裸の付き合いというやつ。いろいろと処世術を習いました。たとえば、初夏に羽アリが出る頃には羽アリの行動しやすい時間帯だとか、肌の手入れではどういうことに気をつけたら良いのかといったことを教えてもらいました。
アパートを変えた時にはお皿を引っ越し祝いに貰いました。ところが、なんと引っ越し先のアパートの所有者がそのクリーニング店のおばさんでした。新しい大家さんはそのクリーニング店のおばさんの弟さんでした。不思議な因縁を感じたものです。
そのおばさんが1回だけクリーニングの控えを書き損じたことがありました。その時にクリーニングの服1枚あたりの手数料が50円だと知りました。コツコツ積み上げていかないといけない大変な仕事なのだと、その時に思ったのをよく覚えています。今、私もコツコツ積み上げていかないといけない仕事をしています。その苦労を噛みしめるたびにクリーニング店では手数料が1枚あたり50円なのだと思うようにしています。